雑記

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アイギス「私はロボットです」

Wheatley「俺はAIだ」


私は人間です。
ですが、こういったロボットだとかサイボーグネタは大好きです。
今日は友人と映画『攻殻機動隊ARISE -GHOST IN THE SHELL-』を見に行きました。
攻殻機動隊は大好きな作品の1つでしたが、今回の映画は主人公の1人である草薙素子にフォーカスを当て、
公安9課設立以前の活躍劇が描かれていました。
映画は全4篇になるとのことで、最初のエピソードでは素子と荒巻課長との出会いと心境の変化が面白く感じられました。
何にせよ続編に期待が持てるエピソードであったと感じます。



私は攻殻機動隊に限らずSFジャンルが大好きで、多くの作品に触れて来ました。
中でも突出しているのは『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』(1968年、Philip Kindred Dick)であり、原作小説、映画『ブレードランナー』ともに大ファンです。
この作品は後世のSFワールドに多大な影響を与えた作品の1つに数えられ、独自の世界観や謎多き概念、ストーリーに多くの考察を与え、未だに根強い人気がある傑作です。
ファンを悩ませた要因は主人公のデッカードにありました。
『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』と『ブレードランナー』ではデッカードの状況が異なるため、単純な比較は危険なのですが、私の感覚で言わせてもらえれば原作では『デッカードが何者であったにせよ、彼は人間を理解したのである』というテーマを感じ、映画では『デッカードは"例外的なレプリカント"であったが、それを理解した上でEDを迎えた』と解釈をしています。
この解釈はファンの間でも意見が異なるため、反論もある方もいるでしょうが、少なくとも映画『ブレードランナー』は後に『ブレードランナー ファイナル・カット』が発売され、その中のある追加カットによりデッカードの存在がハッキリと明確化されました。(※1)



原作小説は哲学的な内容なのですが、私はタイトルに関して1つの疑問を抱き続けていました。
『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』(原題:Do Androids Dream of Electric Sheep?)
丁寧に日本語訳をすると『アンドロイドは電気羊を夢見るか?』になります。
『夢みるか』ではないのです。
これは英語を日本語化する際に起こる“些細な事柄”の1つであり、私の解釈によるトコロが大きくなってしまいます。
しかし、この作品では『夢』をどのように解釈するのかで、EDの捉え方が大きく変わる側面を持っています。
作中に登場するレプリカント達は、夢を持ちながらも、捜査官デッカードの手によって1人1人と殺されていきます。
デッカードは腕利きのブレードランナーですので、容赦はしないわけです。
そこでレプリカント達はデッカードと戦うのか、それとも逃亡をするのかで揉め始めます。
彼等には夢を抱くだけの心はありましたが、実行に移すだけの生存時間は残されていませんでした。
一方のデッカードは、レプリカントを処理するという仕事をしているだけにすぎません。
電気羊を欲しがるデッカードでしたが、このキャラクターは初登場時と最終場面で就寝をしています。
夢を見ているわけです。
タイトルの夢は果して何方側の主観での夢なのでしょうか?



論理的に考えると、主人公はデッカードなので『アンドロイドは電気羊を夢見るか?』と訳せます。
となると、このようにタイトルを解釈出来ます。
「最初期のデッカードは電気羊を飼うことを睡眠中に夢見たが、彼はレプリカントである。しかし人間に近づいたことにより電気羊を欲しいという夢を抱けるようになった」
なのですが、作中の最大のテーマは『デッカードが人間なのか人間ではないのか?』ではないことは事実です。
自分が自分であることの証明は真実なのか?という哲学は近未来においても解決をしていません。
Philip K Dickが描きたかったのは、デッカードの心境変化だけ、というのが私の考えです。
彼は最終的に“人間“なのですから、なんだって良いのです。(※2)


(※1)…この作品は幾つかのバージョンが存在し、その最終版がファイナル・カットである。
この仕様は書くと長くなるのだが、物凄く端的に言うと制作陣側がデッカードの存在に関してハッキリと明言をしている。よってデッカードはレプリカントなのである。

(※2)…勿論、翻訳者のセンス問題が一番に大きい。
翻訳者の浅倉 久志は『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』と訳したのだが、寧ろ解った上で敢えて『夢を見るか?』にしたと思う。
そのように訳すと、2つの意味をもたせられるために、より面白味を増すタイトルになるからだ。
浅倉 久志は翻訳者としては超1級であり、多くのSF作品も翻訳していた。
よって彼がタイトル問題に気づかなかったと考えるのは不自然であり、彼の翻訳センスによって"そうなったのである"。

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