World Guide to Beer ツィラタール ガウダー シュタインボック

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第70回 【The Collector】

これは私だけのものなんだ、小鬼を呼ぶ必要は無い

今から2年前、とある洋酒専門店にて、新人店員と”ある客”との間で奇妙なやり取りがあった。その客は、珍しい銘柄や黒ビールをよく購入してくれるため、店にとっては上客ではあるが、たまに無理難題を押し付けてくることもあった。例えば、
Westvleterenは本当に私の元へ届くのか、だとかグランドレザーヴ、そういった銘柄を店に入れるように要求することがある・・・らしい。(実際に私が購入するのだから文句は無いだろう?)そのため私は…じゃなくて"その客"に対応をするのは、だいたい店長か、それに近しいベテラン店員が殆どであり、会話もかなりマニアックになることが多い。店としては、珍しい銘柄を入手し店頭販売をしても、売れ残るリスクが以上、どうしても"まるで私のような客"が必要であり、私としても異常なビールを求める性質ゆえに、その関係はビジネス的に良好である。店長は価格交渉に応じるような商売人でないのも素晴しい、個人的に仲が良い客に対して安値で貴重品を販売する人間はいざと言う時に信用できないからだ。私も人間的にはドライなので、その方が接しやすい。今日も何か良い銘柄を買おうと来店をしたのだが、あいにく店長はアメリカに出張中、ベテラン店員も有給休暇で店に居ないときたもんだ。参ったな、と思って店を後にしようかという瞬間、新人店員が私に近づいてきて、こう言う。

「あの…店長が"ばりー”さんが来店した際には、この銘柄をお勧めするようにと…」

渡された銘柄は全く聞いたことが無い、こんなモノを頼んだ覚えは無いし、買う気も起きない。私がしかめっ面で動かなくなったことで、新人の販売プランは崩れてしまったのだろう。彼は大慌てで銘柄の説明を始めたが、慌てすぎて色々と説明が間違っているし、今にもボトルを落としてしまいそうな挙動である。仕方がないので購入することにした。当時、この予想外のビール購入は、一刻も早く忘れたい記憶であった。自分の欲しい銘柄でないものを、それなりの価格で購入するだなんて事は、プライドに反するからね。

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今回は萃香さん分のビールはありません 帰ってください

状況が大きく変化したのは、今年の初めである。私の家に、友人がやって来た。彼は仕事の関係で海外にいる期間が長く、日本に戻ってくるほうが珍しい。彼の話は中々に興味深く、アメリカの食文化やイギリスでの生活、中国でスリにあった話、スペインで迷子になった等々。話が盛り上がってきたので、ビールを飲もうと思い、コレクションの中から品定めをしていた。さぁどれが良いかな、黒か黄色か、ギネスかギネス・フォーリンエクストラか、それとも…

友人「おお、流石だな!!ガウダー シュタインボックを入手したのか、凄いな」

突然の背後からの発言に混乱をした。
(え?何言っているの…この銘柄は2年前に分けもわからず買ってそのまま放置していただけなんだが。それとも私が無知なだけで、コイツは本当は凄まじい価値があるのだろうか。それを聞き出したいが、それでは私の立場が無くなってしまう。ちくしょう、『聞くのは一時の恥聞かぬは一生の恥』というのは、正にこの場面で使う諺じゃないか。仕方ない、ここは正直に告白をしよう)

私「ああ、もちろんさ。」(ドヤ顔)


私は彼を十分にもてなすために、ビールを選択肢から外し、響(21年)をグラスにストレートでなみなみと注ぎ、笑顔で言ったのだ、「やはり日本産のウイスキーは最高なんだよ、これを呑みながら、君のガウダー シュタインボックについての意見を聞きたいところだな。ウイスキーはまだまだあるから心配しなくてもいい。朝までやろうじゃないか」
高級ウイスキーほど優秀な自白剤はない。特にアイルランドと日本製なら、ほぼ間違いなく聞きたい情報を引く出すことが出来るだろう。

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お前らはビールが飲めないだろう

ガウダー シュタインボックとは何者なのか…と本題に行く前に知っておくべきは、ガウダーボックについてである。このビールは、オーストリア・チロル州のツィラタールで製造をされている銘柄なのだが、年中買えるようなビールではない。毎年5月の最初の週末に長い冬が終わり春を呼ぶお祭りであるGauder Festのためだけに醸造された、かなり特殊なビールである。このお祭りはチロルで一番古い春祭りのようで、期間中には様々なビールが村に溢れては、イベントが催されているようだ。このたった4日間だけのために、ガウダーボックは存在をするために、一般市場に流通をすることがあっても、絶対数が少ない。しかも、オーストリア・チロル地方といえば、一部のビールマニアの間では有名な『良質ビール製造地域』らしく、評価も高い。言い訳をしておくと、私は全てのビールについて知っているわけではない。私が得意としている国はイギリスとアメリカくらいであり、ドイツやらベルギーを網羅しているわけではない。そもそも、全てのビールを知っていると豪語する人が居たら、それは相当な嘘つきだ。オームの法則を理解している、と威張っているヤツと同じ位に危険だ。※1

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芸術国家オーストリアはビール作りも上手

経緯は不明だが、2013年だけ特別生産されたガウダーボックが販売をされた。この特別仕様は、通常品と異なり、アルコール度数が異様に高く、その出来も非常に良かったことから、ビール好きの間で争奪戦があった…らしい。『らしい』というのは、元々このビールのオリジナルであるガウダーボックも普通じゃないビールなので、毎年、市場に出荷される分も直ぐに売れ切れをしてしまうため、このモデルがどれだけ人気だったのかを知る術が無い。何人かのビールマニアに聞いてみたが、全員がガウダー シュタインボックを持っていなかった。持っていたのは、価値が解らず放置していた私だけ。噂だが、このガウダー シュタインボックが日本向けに輸出されて、ある店で販売をした事があったらしい。しかし、多くの人が、ドイツやベルギーに関心を示す一方、日本での認知度が低いオーストリア産の貴重なビールは売れ行きがイマイチだったのだという。今となっては確かめようも無い事柄だが、私自身も2013年にこの銘柄が話題になったことがないと記憶している。

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Wheatley「さて、このビールをどうするかな」

全く悲しいことだが、私はガウダーボックを飲んだことがないので、ガウダー シュタインボックと比べて美味しいのか、不味いのかの判定が出来ない。しかし、実際に飲んだ人の感想を読む限り、ガウダー シュタインボックの方が美味しいのだという。また、この銘柄を市場で探すことは、現在の状況だと不可能に近い。実際に、私もネットや専門店を何件かあたってはみたが、何処を探してもガウダー シュタインボックを取り扱っておらず、恐らくはコレクターからの購入になる。そうなると、相手の言い値が相場になるため、かなり不利な条件を言われる。一般的に、こういった品を、欲しい人に優しく譲ってくれるような人間はいない。大抵の場合で、困難な交渉になりやすく、泣きを見てしまう。
ここで大切なのは、私がコレクターであることにある。コレクターは貴重なビールを保管し、手をつけるような真似は決していない。大切に、手厚く、見守ることだけに専念をする。私もコレクターだからそうすることにしよう。更に付け加えるなら、この銘柄は2年もののビンテージであり、状態も非常に良い。ただ、私が彼らと大きく違うのは、記憶に保管することを優先するタイプであるために - 私は飲むのだ


飲んでみよう
何と圧縮をされた小麦香りなのだろうか、尋常ではない強烈さが部屋に漂う。まるでメープルシロップに砂糖とクリームを乗せたかのような三重層が響く。色合いは、かなり年季の入ったボック色、黄色の中の黄色、いかにも重たそうなキャラクターである。口に少し含むと、その異常な甘さが歯を溶かし、舌を焼き、重力にでさえ逆らうかのような体験が広がる。最初の1秒で得られる味が言葉で表せないほど、普通じゃない。甘く重い。ところが、次のの2秒では、後味がさっと無くなり、今度は胃袋で自己主張をするのだ、「俺はアルコール素数10.5%だ、暴れてやるぜ!!」。通常、このような重いビールは舌に残るが、ガウダー シュタインボックは実に爽やかな風味がある。実に奇妙な味だ、強烈な重さがあるのに、後味すっきり?なんと楽しい矛盾なんだ、これは凄い。私が飲んできたビールの中でもランキング上位に入り込むことが出来るような、真の実力者だ。こんな事なら、2013年に血眼になって何本か購入しておくべきであった。

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ビール好きとして、この銘柄とオーストリアに感謝する。確かに本物の美味しさである。

※1:オームの法則は経験則であり、理論的にはまだ解明がされていない。

次回『健康志向』

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