Replay:Call of Duty: Black Ops(前編)

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ウィリアム・C・ウェストモーランド(William Childs Westmoreland) - ベトナム戦争における軍部の中心的人物であったウェストモーランド将軍は、ついに政敵テイラー陸軍参謀総長との権力争いに勝利をした。マクスウェル・D・テイラー(Maxwell Davenport Taylor)はベトナム戦争初期から、アメリカ軍がベトナムに介入することに疑問を抱いていた軍高官の1人で、しきりに戦闘部隊を現地投入したがっていたウェストモーランドと何度も協議を重ねていた。ウェストモーランドにとって、国防長官マクナウラと仲が良いテイラー(※1)は大変に邪魔な存在だった。テイラーが権力闘争に敗れると、軍部は一気にベトナムへの本格介入を準備し始めることとなった。

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ウェストモーランドは、圧倒的なアメリカ勝利を演出するために、ありったけの軍事力をベトナムにぶち込んだ。ついに強大な戦争マシーンが始動をしたのである。巨大な航空母艦が海上に陳列し、最新鋭のヘリコプター部隊を用意し、小銃だってプラスチック製の最新鋭、極めつけは最強の大型爆撃機B52。あれもこれも最強アメリカだけが持つ兵器、ベトナムが対抗できるシロモノは1つもないぜ!!鼻息荒く現地に大規模な部隊が到着すると、何人もの高官たちは、この戦争はあっと言う間に決着がつくだろうと楽観的に考えた。ところが、いざ戦闘が始まると、ウェストモーランドの圧倒的勝利作戦は直ぐにプラン変更となった。最前線の戦況、もとい最前線以外の局地戦闘でアメリカ軍の被害が予想以上に大きくなっていた。ウェストモーランドはベトナム人を屈服させるだけの弾薬、兵士、爆薬が十分でないと考え、議会に大幅な戦力増強を何度も何度も何度も要求した。そして彼の強い要求は何回でも可決された。

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ワシントンの頭脳マクナウラは様々な報告を統合して考え、軍部が戦況を誤魔化して報告していることに早期に気がついた。この合理主義者はウェストモーランド他軍部の暴走を止めるために、彼らの意向を一切に無視して1967年にベトナム軍縮を決行する。軍部はさぞかし面白くなかったことだろう、ワシントンの連中が勝手に戦争に介入してくるのだ。
「冗談じゃない、ベトナムでの戦闘は我々が有利だと何度も言っているだろう!!勝利まであと少しの辛抱なんだ、何故そんな簡単な事がわからないのか!!」この時、既に戦況は悪化の一途を辿っており、行き詰まりをしていた。国内では深刻な財政赤字、インフレが明確化し、社会に亀裂が入っていた。最前線は疲弊しきっており、とても戦闘が継続できるような士気には無かった。が、しかし勇敢な司令官ウェストモーランドは議会に更なる増派を求めた。この戦争に必ず勝利する、と言って。彼は自国民が困っていることを気にしなかった。

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大規模な空爆を何度も敢行しても、ベトナム人はアメリカに立ち向かった。1968年、『大勝利を重ねているアメリカ』がテト攻勢により大損害を受け、その事実が国民にばれてしまった。次々と拠点が攻撃され、死傷者1万1千人以上の、隠しようも無い敗北。しかし、まだ戦争には負けていない。だって、まだ爆撃機を飛ばせるのだから、海上には大型戦艦と航空母艦が待機している、ジェット戦闘機!!そうさ、我々には戦闘機があるんだ。AK47を持ったベトナム人が何人来たって、絶対に勝てる軍事力じゃないか。だから親愛なるアメリカ国民、並びに議会の皆さん、この戦争には勝てます。ですから、さっさと次の増派を送れ!!もっと戦力が必要なんだ!! 
同年3/22 ウェストモーランド米南ベトナム支援軍司令官は解任された。

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1975年、ベトナム戦争は終結した。アジアの小国独立に対し、ローリングサンダーによって踏み潰そうとした大国の野望は失敗に終わった。汚点だけが永遠と残り、不毛な犠牲を払ったアメリカにとって、ベトナム戦争は『勝利をしたが撤退した戦争』。世界でも屈指の人気を誇るCoDの舞台に据えるには、かなり勇気が必要だったことだろう。

後編

※1:マクナウラ国防長官は、当時軍部と激しい対立をしていた。ベトナム戦争泥沼化の原因をマクナウラにする風潮があるが、むしろマクナウラはベトナム戦争が異質である事に早期に理解をした数少なき高官の1人である。

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