【石の心を持つべきだ】物理学が好きじゃない。
こう発言をすると、きっと多くの読者は、後半のどんでん返しに期待をする。このブラックユーモアは最終的に物理学の偉大さを箇条書きするのだろう、と。自分で言うのも何だが、経歴や学歴は明かさないにしても、物理学の専門教育を受けたと言い張っても嘘ではないだろう。その上で、物理は好きじゃないと公言をしている。理由は単純だ。この分野がとても複雑で、いちいち難しい方向に考える性質があるから。兎にも角にも難解である。数学は人よりも出来て当然、回答は美しくて平凡、途中計算は理解できて普通、図もグラフも実験データ取り纏めも全てパーフェクトでも褒められない。感情的な人間ほど、或いは科学で世界を変えられると熱心に行動する奴ほど心が折れて、あっと言う間に落第をする。そういう人間は必要とされてない、ダーウィン曰く"科学者は希望や愛情を捨てて、石の心を持つべきだ"、本当にそう思う。だから感情を捨てて文章を書くのであれば、物理学は解答と同じくらいに、それに至った経緯を重要視する。小学生の算数テストで解は〇でも、途中計算をミスしていたら×、という思想は実は正しい。何故ならば、途中計算(手順)が正解でないと、その時々で何が正しいかを判断できないからである。時代によって、政治によって、地域によって、友人関係によって、そして無知によって。解答を暗記することに意味はないとは言わないが、速い速度で朽ちる。こういった諸問題に対して、ある一定の解答保障を得ようとするのであれば、常に物理学は正しい手順書を持っている。"ある一定"というワードが必須にしても、現行の物理学は非常に上手くいっており、少なくても電磁気に大きな誤りが見つかっていない以上、この先も安泰であろう。今回の長期コラムは一年間に渡り、ニュートンと敵対者たちの動向を簡単に文章化したものである。真実はとても複雑で文章で説明できないことを知っていて、それを隠し続けた。
好きじゃない - 感情論でしかない。そんなものは何の利益も生まないから、損をしてしまうだろう。私にとって物理学とは、それくらいの意味合いしか持っていない。今でも石の心を持っているのかもしれないな。
【人選と順番】ニュートンの敵対者たち - を掲載するにあたり、科学の専門教育を受けていない層に向けて気を使った部分が2つあります。当ブログは体裁上はPCゲームブログなので、ゲームキャラクターが多く登場をします。各人それぞれに解り易い配役を与える事で、科学アレルギーを減らす努力をしました。主人公であるニュートンは、攻撃的な性格であり、かつ英国から一歩も出なかった英国人です。モードレッドしか思い浮かびません。中心人物が決定すると、あのニュートンでさえ逆らえなかった師匠バローは、当ブログの支配者である伊吹萃香が適任となります。これ以外の人選も十分に考えました。例えばラビリス&アイギスの美形ロボット姉妹は、ガリレオ&ホイヘンスとなっています。記事を読んだ皆様は既に知っているでしょうが、ホイヘンスはガリレオの残した課題を解決した色が非常に強く、その生涯もガリレオに大きな影響を受けています。ニュートンと激しく敵対したフラムスティード、ライプニッツ、フックを演じたのは海軍組の長門、プリンツ、Iowa。逆にニュートンの仲間であったハレーは同じ騎士であるアストルフォが配役となっています。つまり、配役としては騎士組 vs 海軍組という解り易い構図となっています。また紹介する順番も考慮した結果、まずは天文学の話題を徹底的にした後に、光学や力学が徐々に登場をします。この順番は年代ごとに並んでおらず、あくまでも分野としての順番を守りました。これは、ニュートンのライバルたちが多少なりとも天文学に通じていたため、この分野だけ詳しく紹介をする必要性が高かったからです。恐らくニュートンの敵対者たちの中で、天文学とは無縁のライプニッツを除けば、天文台長や親友ハレーも天文学では有名人です。こう考えると、ニュートンの周りは天文学者だらけで、しかも全員が優秀だったので、ニュートンが天文学で誤った意見をして指摘されるのは当然だったと言えます。一番最初にブラーエ&ケプラーの話をした真意を理解していただけたでしょうか。彼らがいなければ、そもそもニュートンの活躍は語れないのです。
【師匠と弟子】ニュートンの敵対者たちでは、個性的な師匠たちが多く登場します。
私は以前から一般教育で使用される化学、物理の教科書には疑問がありました。それは、「どうしてそのような疑問があったのか」という過程が省かれている事が多く、結論だけ書かれたり、その証明がドカンと掲載されて次の命題に移ってしまうからです。例えば、ホイヘンスは非常に精度の良い時計を幾つも考案し、作成しました。これは記事内でもきちんと書いていますが、彼は時計を作るために時計を制作したのではなく、正確な天文学に時刻が必要不可欠だと知っていたからです。それはブラーエも同じでしたが、彼はホイヘンスほど工学に精通していなかったのです。尤もホイヘンスはガリレオの時計製作を十分に知っていたので、彼の師匠はガリレオ(実際に出会う事は無かった)なのかもしれません。ホイヘンスの弟子は、ライプニッツ。彼もまた機械製作が得意な師匠の心を継いでおり、機械式計算機の制作に生涯に渡り取り組みました。このことは記事内では触れていませんが、ライプニッツは機械に関しても研究をしていたのです。特徴的な師弟コンビと言えば、ニュートン&バローの数学組とボイル&フックの実験組も素敵な組み合わせです。何方も師匠に溺愛された者同士で、師匠と同じ苗字を持つ者同士でした。2人は非常に頑固で、攻撃的な性格でしたが、その背景として双方の師匠が彼らを可愛がり過ぎたという点もあるのかもしれません。両方とも他人を批判する事に一切の躊躇が無かったのですが、不思議な事に何方も師匠は批判していません。特に強烈な批判をすることで有名だったフックが、師匠の功績を横取りする事が無かったというのは"それだけ可愛がられた"証です。一方のニュートンは師匠から名誉職を後継者として受け継いでおり、これによって人生が大きく変わりました。多少、ズレた行動をしても"偉大なバロー"の後継者であるニュートンが、有名人になるまでの期間、その名声で彼自身を守ってくれたはずです。ちなみに、本シリーズでは詳細を敢えて書かなかったのですが、バローの経歴は正統的なレールでの出世街道ではありませんでした。元々はギリシャ語を担当していた語学教授でしたが、語学を教えていたのは僅か3年間だけで、1663年からは新設されたルーカス教授職になると、幾何学を中心に研究をしていたようです。語学から数学に転向したというのも凄いのですが、地頭が相当に良かったようで、その文才も有名でした。1669年に神学者となったため、正規の数学職をしていたのは、たった6年間ほどしかありません。この短い期間の中で出会ったのがニュートンでした。神学者になった後も数学との関りはあって、1674年までに幾つかの発表と出版をしています。光学にも通じていたため、この影響からニュートンも天体望遠鏡を制作したのかもしれません。バローの最も大きな業績は積分と微分の基本的な関係性の証明であり、兼業で数学者をしていた者とは思えないほどの重大な発見です。この内容は弟子に引き継がれ、それを物理学に応用したため、バロー無くしてニュートンの実績は成り立たなかったと思われます。ただし、その業績を残したのちに亡くなったためにニュートンが大活躍をする10年後を見届けることはありませんでした。

【フックの連鎖】この一連の記事で最も苦労をしたのはフックでした。フックは多くの業績をニュートンによって抹消されたため、現在でも全容が掴めない人物の一人として有名です。フックが悲劇的なのは、彼があまりにも多産で、そして多方面で活躍をする人物だったことから、手柄一つだけの人間ではなかった事に集約されます。そして、ニュートンはフックの死後、偽装工作を行ったため、余計に真実が分からなくなりました。これは長い事、フックの名誉を貶めており、歴史のIFが認められるのであれば、フックの名は今とは比べ物にならない程に大きかったと言われています。このため、フック自身に関する資料も乏しく、かなり苦労をしました。ニュートンの敵対者たちの中でも、フックは屈指の強敵で、殆どの歴史学者はニュートンの最大のライバルはフックだと認定しています。フックの存在が抹消されてしまった現在でも、彼がニュートンの難敵であるという評価が下っていることは凄いことです。ところで皆さんは、ライプニッツの友達であるヨハン・ベルヌーイを覚えているでしょうか。ライプニッツの回で少しだけ登場をするスイスの数学者です。兄ヤコブ・ベルヌーイも高名な数学者として有名なのですが、この兄はフックとボイルの関係があり、英国旅行中に2人に出会ったと言われています。そこでの体験は、ヤコブに勇気を与えたようで、そこから数学者になります。この当時からフック&ボイルは実力者として知られていたので、何かしらの影響を受けたとみるべきです。弟ヨハンの息子ダニエル・ベルヌーイはヨハンと非常に仲が悪く、ついに絶縁をされてしまいます。ダニエルは流体力学の創始者として高名な物理数学者です。ここで重要なのは、ヨハンが兄ヤコブの影響を受けて数学者になっており、気性が荒かったヨハンは兄との喧嘩が絶えませんでした。息子ダニエルとの確執も、そういった性格から来るもので、息子の業績を横取りしようとするなど、性格は極悪に近いものがあります。一方でヨハンの能力は高く、兄、息子も天才ながら、その名声が落ちることはまずありません。こう見ると、この時代においては今以上に他人の業績の横取りはあって、師匠が部下に対して厳しく当たったりするなど、現在ではブラック会社判定されるような事態は多かったと言われています。この点を知ったうえで、フックの師匠ボイルの行いが如何に聖人君主であったかが分かると思います。或いは、ニュートンの師匠バローやライプニッツの師匠ホイヘンスなど。歴史的に全員が全員ではないのでしょうが、資質があっても環境が整備されていない学者は、大抵で不遇です。フックに師匠のような優しさが備わっていれば、ニュートンと対等に戦えた可能性があります。優しさが欠落していたヨハンは、後年はダニエルを支持する勢力によって科学の中核から外されていきます。彼ほどの大天才ですら、集団の知力と団結に押されていくのです。フックが如何なる超人であったとしても、相手はニュートン&ハレーの二大天才学者でしたから、正面から攻撃批判をしても勝てるはずがありません。どの世界でも同じですが、自分が優秀だとしても、独りよがりで自滅する教訓は"フック・レベルですら発生する"ということなのです。敵は作らない方が良いというわけです。

【ニュートンは性格破綻者?】大学教授になったニュートンは、授業を受け持つこととなります。彼が担当した授業は非常に人気が無く、ニュートンの教え方がクソだった上に、学生に合わせた難易度にしなかったために出席者ゼロも珍しくなかったようです。新しい理論を構築をするのは得意でも、それをリアルタイムで誰かに伝えたり、教えたりするのは苦手だったということです。ニュートンが多くの天才と敵対をした理由の一つに、他人の感情を尊重できなかったという点があります。これまでの敵対者たちへの対応や、若き日の授業状況を予想するに、現在の基準では統合失調症だと考える人もいます。既に確かめようもない事柄ですが、私自身の考えを述べさせて頂ければ、恐らくは"そうだった"のではないでしょうか。ニュートンは研究にしても、相手とのやり取りにしても、異常すぎる執着心を剥き出しにしています。特にプリンキピアの製作において、二年間も睡眠時間が僅少の状態で通常生活をするのは常人では真似ができません。一方で、死期が迫っていた老人ニュートンに一人の少年が会いに来ます。コリン・マクローリンは人嫌いの彼がその資質を見抜いた人材であり、事実上、最後の弟子でした。神童マクローリンは11歳で大学入学。かのニュートンが直々に教えた少年でしたが、あまりの天才っぷりに驚いたニュートンは、彼に推薦状を与えたほどでした。その後、マクローリンは英国史上最年少の19歳で大学教授に任命され、王立協会フェローにも選出されました。ニュートンはマクローリンの活躍を見ることなく、推薦状を与えた数年後に亡くなります。マクローリン - そう、全ての理学者が最初に学ぶマクローリン展開の考案者です。彼は物理学者というよりかは、数学者寄りの立ち位置でしたが、他にも多くの実績があるため、ある意味でニュートンの後継者と言っても良いかもしれません。意外なことに、マクローリンは性格破綻者ニュートンに可愛がられたみたいで、後年はニュートンの考えを広めるための積極的な活動をしていました。実はニュートンの言動は、物理学者を引退してから相当に変わったと言われています。マクローリンが出会ったニュートンは、優しく、温和で、怒ることを知らない老人だったのでしょう。ニュートンは生き急ぎすぎた物理学者で、あまりにも多忙すぎたため、研究以外の事が全くできない現役時代を送りました。また、研究以外をしなくても良かった環境に漬かりすぎたとも言えます。物理学の頂点に君臨し、自分の立場が絶対的な安全圏になった時、彼は争う相手が一人もいなくなってしまいました。私は彼が老いたから温和になったとは思えないのです。長きに渡り、敵対者との闘争に明け暮れた彼にとって、安心な時間は少なかったはずです。それを初めて得た時、ニュートンは最後の最後で恩師バローのような生き方を遂行したようにも見えます。マクローリンはニュートンに託された人材であり、彼は見事にそれを達成しました。後継者という点では、ラプラスやラグランジュも同じく分類される物理数学者ですが、何方とも性格破綻まではなかったと考えられています。ただし、ラグランジュに関しては精神不安定だったため、落ち込むことが多かったと伝えられています。天才には天才の尽きぬ悩みがあるということでしょう。ラプラスに関しては良く分かりませんが、今以上に資産を増やすことで悩んでいたのかもしれませんね。彼はそういう男です。

【資料に関する意見】今回の記事を書くために、多くの資料と写真を活用しました。
まず写真についてですが、これらの貴重な初版本は2018年9月8日~24日まで東京・上野の森美術館にて開催をされている[世界を変えた書物]展で展示されたものです。この展示会は過去に記事にしており、
此方から読むことが出来ます。この展示会の帰り道に、私は上野で呑んでいたのですが、その時に仲間内から出たアイデアが"ニュートンの敵対者たち"の原型となっています。最初期のアイデアでは、雑記の延長で行う予定でしたが、下書きを重ねると考えが変わりました。独立したカテゴリ内で掲載をするために、相当な準備を行っています。凡そですが、校正を含めて約2年は掛かっています。現代でも資料があまり残っていないフック記事は、困難が多く、また深入りすると危険な確率論に関しては少ししか触れていません。確率論に関しては、ライプニッツ、ホイヘンス、ラプラスと続けて登場をする数学分野ですが、この概念が後に極めて重要なものとなっていきます。このコラムで興味を持った方は、是非とも確率論を学ぶと、彼らの凄まじさに驚くかもしれません。また、天文学も軽く触れただけで、これも深入りはしませんでした。この微妙なライン引きが難しく、全回において最低二回以上は下書きを直しています。写真の挿入や順番、構図なども気を使っており、ある意味で当ブログの集大成のような連続記事になりました。他にも取り上げたい人物は多かったのですが、PCゲームブログでやるには重すぎる作業であり、泣く泣く断念をしています。ちなみに本稿を書くにあたり、ニュートンの人生という点だけに絞れば、
Newton and the Counterfeiter: The Unknown Detective Career of the World's Greatest Scientistという本に上手に纏められています。この本は少し変わった側面からニュートンの人生について書かれており、彼が造幣局長であった時期に何をしていたのかを調べた稀有な資料です。私自身、ニュートンが同時代に具体的にどのような仕事内容をしていたのか知りませんでしたが、この本を読んで非常に理解できました。彼は造幣局に勤めていた時でさえ、仕事をきちんとこなしているのです。サボるという行為がまるで出来なかったニュートンは、天下り職を理解できず、造幣局の大々的な改善を開始し、それを成功させてしまいます。この本はニュートンが何時、何処で、誰と、何の仕事をしていたか、が詳細に書かれています。親友ハレーも登場しますし、ライプニッツやフックも絡んできます。この一冊だけでは当コラムを書くことは不可能でしたが、読み物として面白いのでお勧めします。

【敵対者たちの眩い城】過去に掲載された本編は、ブログ左側のカテゴリ【ニュートンの敵対者たち】から閲覧可能です。再読してみると、嫌だった物理学や数学に対する考えが変わるかもしれません。尤も読者の考えを変えるような記事作成をしていないので、単純に娯楽文章として捉えて頂いても構いません。
最後になりましたが、このシリーズも本当に今回で終わりです。長きに渡り応援とご愛読ありがとう御座いました。続編や番外編は書くつもりは一切にありませんので、私以外の優秀な方が掲載してください。私は金にならないことは嫌いですので、これ以上のサービスを望まれる方は、専門教育へ進まれることを強くお勧めいたします。私がウソつきかどうかの判定が出来るくらいになりましたら、貴方が後任者です。石の心さえあれば、ね。