5000拍手 記念

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萃香「皆さん、当ブログはついに5000拍手を達成しました!!やったね」
長門「・・・そうか。じゃあ私と飲みに行こうか」
萃香「このブログも7年目だけれども、訪問してくれる人が多くて嬉しいね!!」
長門「・・・ ・・・そうか。じゃあ私とデートに行こうか」
萃香「5000という数字は凄いよね。感謝する!!」
長門「・・・ ・・・ ・・・そうか。じゃあ私とホテルに行こうか」

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と、いう訳で当ブログは5000拍手を達成いたしました。
最近は、ちょっとした記事でも拍手してくださる方が居て、嬉しい限りで御座います。私自身も、こんなにブログが長く続くことは予想していませんでしたし、想像以上に多くの訪問者が日々絶えないことに驚きを感じております。記事数も1000記事に近づいており、内容も充実してきております。当初から掲載しているビール紹介も100記事に近づいてきており、私の中でも一区切りが着きそうな状況です。ビール記事に関しては、とても凄い銘柄を選定できると思いますのでお楽しみに。
ゲーム分野では、得意気に語ることはあまり無く、マイナーゲームを多く紹介できれば良いのではないでしょうか。まぁ、たまにはBFのような大作FPSも語りたいのですが。2017年からお試しで始まった『取り留めの無いゲーム小話』も人気のようで、手間とネタの関係があるのですが、出来るだけ月1ペースで掲載が出来ればと感じております。

また私へのリクエストがあると思いますが、時間の都合や私自身が計画をしている記事もある関係で、『~をレビューしてほしい』は難しいと思います。気長に待って頂くか、或いは萃香さんをデートに誘う長門のような絶望的な状況です。引き続き萃香さんと遊びたい方は、当ブログをご愛読ください。

次回、お会いするのは6000記事になります。
また、今回は5000拍手を記念して、特別なカクテルを作りました。近いうちに面白い酒記事が掲載されますのでお楽しみに。

雑記

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紅莉栖「パセリの行方について」

ミキサーに材料を入れた時点で、引き返せなくなっていた。
材料は水、バナナ、レモン汁、豆乳・・・ ・・・ ・・・大量のパセリを入れてスイッチを入れる。轟音を立てて魔液が生成されていく様は、もはや人間としての尊厳すら危うい。今、冷蔵庫はパセリで埋め尽くされ、冷凍庫には凍ったパセリが領地を広げている。手の施しようがない。我家の食料は全てパセリに敗北をしたと言って良い。何とかパセリを消費しようと幾らかのアイデアを持って打倒を試みた。コーンポタージュとパセリ、パセリのハンバーグ、パセリ飯、パセリとポテト、ポテトのようなパセリ、ポテト無しのパセリ、パセリだけのパセリ、生、焼き、御浸し、冷凍、ソース・・・しかし一向にパセリは減らなかった。そして私はパセリを効率良く消費するために、禁断のスムージーを作成している。青汁なんて目じゃない、得体の知れない緑色で汚染された液体をグラスに注ぐ。バナナを入れたはずなのにパセリそのものとしか思えない。グラスを持つ手が震えていた。自身の人生で最も縁遠いと思われていた食材が私を支配しようとしているのだから。

・・・

きっかけは些細なものだ。
知人が農業をしていて、私はちょくちょく彼からナスや人参、瓜を購入していた。私の実家は農家であったから、彼の苦労も良く分かる。尤も私は養鶏の方が詳しかったが、それでも基本的な苦労事は解っているつもりだった。彼とは酒飲み友達で、年に数回は泊りに行って酒を交わすのが慣例となっている。自動車の音一つしない暗闇が農家を覆い、カエルと虫が世界を謳歌する状況で飲むマッカランは最高だった。無農薬野菜のカレーと共に話は弾む。彼は新たな試みとしてパセリの生産をするかどうかで悩んでいた。日本産のパセリは収穫量が減っている状況であるが、彼は世界一美味しいパセリを作ると豪語をしていた。私は応援した。が、心の中ではパセリのようなマイナー野菜、もとい付け合わせでしかお目に掛かれない野菜を生産することに疑問があった。そもそも、パセリが好きな人間なんて極少数だろう。独特の苦さ、カサカサした触感、そしてダサい見た目。用途も多くない。その時は、気にも留めなかった。しかし、1年後に彼はパセリの量産を開始したのである。最初のうちは、まるで家庭菜園でコスモスを育てているかのような可愛らしい地帯だった。第一号は義理もあって、私が購入をした。珍しい野菜だし、付け合わせにするくらいならと。徐々に生産量が増えていき、最初と同じ値段で購入できるにも関わらず、義理の存在によって - 格安で彼のパセリを購入することが慣例となってしまった。何度も断わりの電話を入れようと決意した。しかし、出来なかった。彼の苦労を知り過ぎてしまっている・・・言っておくが、私は冷たい人間である。世界のどこで誰が死のうが、破産しようが興味は無いし、救おうとも思わない。農家以外は。

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今までパセリなど興味が無かったのだが、調べてみると確かに凄い野菜だ。
まず栄養価がめちゃくちゃに高く、半ば野菜界のチートと言っても良いだろう。ビタミンA、ビタミンB2、ビタミンB6、ビタミンC、ビタミンE、ビタミンK、カリウム、カルシウム、鉄などが豊富に含まれている。特にビタミンKとビタミンE、鉄分の含有量はパセリ一強である。しかも葉にはクロロフィルが含まれおり、コレステロールの上昇を抑制したり、貧血を予防したりする効果がある。野菜の中でも栄養素の含有量がトップクラスであるパセリは、健康維持は勿論の事、美容も期待できるらしい。また野菜ながらハーブ的な側面を持つため、精神安定や口臭予防などの付加価値も多い。ただしリスキーな面もあり、大量に摂取をすると肝臓や腎臓にダメージがある。大凡、一度の摂取量200gが危険量とされているが、そもそもパセリを200g喰うというのは常軌を逸しているので殆どの方は気にしなくても良い。(りんご一個分の重さのパセリを食うだって?)ただ妊娠中の女性はパセリは控えた方が良いらしい。古来のヨーロッパ人もパセリを野菜としてではなく、薬用のハーブとして見ていたようで、それがローマ人の手によってヨーロッパ全土に広まった。日本国に入ってきたのは遅く、18世紀ごろの長崎に運ばれてきたものの、あまり活躍することなく今日に至っている。一応、我国では茨城と長野の2県が主な生産地であるものの、総生産量は5000tも無い状況のようである。

・・・

パセリ消費は、あまり多く食べれないという危険との戦いであり、この単調な苦さとの戦いでもある。最強のエリート野菜であることは間違いないのだが、この味が苦手な方が多いというのは理解が出来よう。苦い、ただひたすらに苦い上に、料理との調和性が無い。よって生で食べるしか活路が無い。あまり好き嫌いをしない私であるが、このパセリに関しては食べても美味しいと思ったことは一度も無い。嫌い!!と言うわけでは無く、好んで食べようとは思わないというのが正直な感想である。しかし、これは戦争なのだ。格安で大量に - 大量の義理と謎の善意がぶち込まれた愛情100%の大暴力パセリちゃんを喰らう他道は無い。一日の摂取量を守りながら戦いは続いた。が、飽きる。パセリはどうにもこうにもパセリ過ぎて太刀打ちできないのだ。しかも、パセリを主体に料理をすると9割の確率で失敗をする。焼きそば、うどん、蕎麦、焼き魚に餃子、和食、中華は期待できない。フレンチやイタリアンは良く分からないのでパセリ以前の問題である。生で食うのに限界が来ていた。ヤルしかなかった・・・パセリのスムージーに全てを賭けるほかない。出来上がったスムージーは邪悪だった。臭い。ヤバイ。死ぬかもしれない。一度、呼吸を整えてタリスカーを呑んだ。お前もキツイ味だと言われるが、パセリ・スムージーほどじゃないよな?意を決してドロドロになったパセリを飲んだ。涙が出た。なんでこんな酷いモノを飲んでいるだろう。私の人生とは一体何だったんだろう。こんな魔液を飲むために今日までの努力があったのか。許してくれ・・・私は間違ったことはしてこなかったじゃないか。どうしてなんだ。価値を教えてくれ、道徳を再認識させてくれ、美徳を学ばせてくれ。ああ、何だか腹が立ってきたよ。このクs・・・

・・・

彼とは良好な関係が続いている。
流石にパセリ購入量は減らしてもらった。(尋常ではない安さで大量に購入できた。友達価格と言うやつにしても赤字だっただろう)不思議なもので、パセリが無いと食事とは呼べない日常になってきている。それは、まるで歯磨きを忘れてしまった時の気持ちの悪さによく似ている。あまりにも身近なルールになり過ぎて、ソレを食さないと一日が終わらないのである。そこに味の好き嫌いと言う概念は無く、ただ習慣としてのパセリ食が象徴として鎮座している。最終的にパセリ・スムージーですら飽きて、生食に戻った。ドレッシングだとか特別な調理などない。皿・パセリで終了である。健康を目指しているわけでもない、既に健康だ。スーパーモデルに転身するつもりも無い、既に時が遅い。パセリ食を始めてから3か月が経過したが、特に変わったことも無く日常が過ぎていく。強いて言えば、朝に強くなった気がする。前までは朝起きた瞬間の気怠さは20分ほどあったのだが、想えば今は無い。勿論、パセリが原因であることの証明は難しい。たまたま、なだけかもしれない。他の食材も並行して食べているわけだし、運動も行っているのだから短絡的な二元論で結論を出すべきではない。ただパセリを見る度に、ローマ人の気持ちが少しだけ解るような気がしてきた。彼らがハーブとして食事に添えていたパセリは、日本以外の国では愛されており、日本では私が一番に愛している野菜となった。そう言えば紅莉栖、お前のペットボトルの中身は変えておいたよ。最高に健康で史上最も邪悪な液体にな。

本ブログのSSL化に関する報告(追記2/26)

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平素より、当ブログをご愛読頂きありがとうございます。
この度、本ブログがSSL化となりました旨、ご報告させて頂きます。これによりブログがhttpからhttpsに変更となります。現在は様子見での運用となりますが、昨今のインターネット状況を鑑みて必要と判断を致しました。読者の皆様には閲覧時の問題は発生しないと思われますが、此方の不手際がある際にはコメント欄にてご連絡をお願いいたします。

https://gamedaisukinahito.blog.fc2.com/


本日より上記のURLが『午後のPCゲーム』となります。
以上、引き続きご愛読のほど宜しくお願いいたします。

2018年2月20日 午後のPCゲーム管理人"ばりー”

【追記2/26】
Mozilla Firefoxで閲覧している方のみ【このページの一部が安全ではないのでFirefoxがブロックしました】と表記される。これはIE側からでは問題が無く、どうもFirefoxの仕様らしい。理由は混在コンテンツのブロックで、どこかにhttpが残っているからそうなるようだ。ページ数が膨大なため精査には時間が掛かる。というかそんな時間は無い。正直、泣きそうである。
念のため言っておくと、【安全なサイト】扱いだが、”一部が安全では無い”と言われると気になってしまう。そんな卑猥な文章は書いてないでしょ!!(怒)

謹賀新年

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あけましておめでとう御座います。
旧年中は格別の御厚誼を賜りまして有難う御座いました。本年も午後のPCゲームを宜しくお願い申し上げます。
昨年は卓球を再開したこともあり健康な一年でした。本年はゲーム以外の競技にも挑戦していき、それをブログ内で報告できる一年にしたいと思っております。

平成30年1月1日 管理人"ばりー"

雑記

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紅莉栖「ある名門貴族に仕えた執事の物語"日の名残り”の書評です。」

英国・貴族ダーリントン卿に仕えた執事スティーブンスは、自分の人生について考え始めていた。名誉ある屋敷を購入した新たな主人は米国人であり、先の主人とは異なる思想で人生を謳歌していた。これまで仕事一筋、真面目過ぎる人生を歩んできたスティーブンスは、新主人ファラディのユーモアたっぷりの言葉遊びやジョークに困惑しつつも、人手不足に陥った屋敷ダーリントンホールを立て直そうとしていた。名門貴族亡き後、アメリカ人が金にモノを言わせて屋敷と歴史を購入した事がスタッフの反感を買い、次々と辞めていってしまったからだ。しかし、お気楽で人格者なファラディは出来る事だけを要求しているに過ぎない。ある日、かつて屋敷に勤めていた女性スタッフから手紙が届くと、それがファラディの耳に入り、ついにスティーブンスは短い旅に出ることになる。かつて恋心を抱いたミス・ケントンに合うために、主人は愛車フォードを気前よく貸し出してくれた。
栄華を極めた1920~1930年代のお屋敷での仕事、前主人に尽くした時間、スタッフとの問題、そして2つの世界大戦に揺れた情勢、名門の没落・・・生真面目な名執事は似合わぬアメ車のハンドルを握ると、美しい英国の眺めながらも目的地へと向かう。そして旅の終わりに自身の人生に結論を出す。

・・・

2017年にノーベル文学賞を受賞したKazuo Ishiguroの代表作『日の名残り(原題:The Remains of the Day)』は、美しい英国風景と共に、ある執事の人生観が描かれている。同作品は世界的に権威のある文学賞の一つであるブッカー賞を受賞している。日本メディアでも騒がれたカズオ・イシグロ氏であるが、実際に本書を読み込むと、英国人が書いた英国のための内容だという事が直ぐに解る。この作品は2つの時代を交互に織り交ぜることで、主人公スティーブンスの一人称視点に『強い思い込み』があることを読者に印象付けている。一つ目の時代は大英帝国が絶頂期にあった1920~30年代で、この部分での回想は、英国と貴族ダーリントン卿、そして自分の人生も栄華を極めていることが解る。対する現在1956年は、英国と貴族が没落し、新たな大国家であるアメリカの支配が始まっている。
回想部分では、前主人が非常に人格者であり、誰からも慕われる英国貴族であることが容易に想像できる。それを誇りとするスティーブンスも主人の行っている事こそが正義であり、疑いようもない命令だと信じている。作中では、ダーリントン卿は古典的な保守主義の英国人であり、確かに尊敬を一身に集めそうな人物であると予想される。しかし、WW1終結後の会議で、彼は敗戦国ドイツに対する融和政策を持ち始め、それが原因で破滅することになる。スティーブンスも主人がナチスの関係を持ち始めている事を十分に理解をしているのだが、それに対する嫌悪や反対意見は出てこない。スティーブンスは主人に大変に信頼をされていることが解る。だから彼は主人の過ちに対して意見することが出来る立場にあった。でも出来なかった、彼は自身の性格が仕事だけで構成されているので、仕事上における品格を重視しすぎた。主人に対して同じ意見をすることが、義務であり、品格であり、スティーブンスだったのだ。それを彼は読者に対して、自分の行いは清廉潔白であり、主人もまた正義であったと説明をする。

・・・

現在1956年では、彼の主人はアメリカ人であり、アメ車に乗って英国を旅する事となる。この物語のキーワードは"英国と米国"の関係がある。大戦終了後のお屋敷会議に訪問してくる米国人の発言が、的を得ている。米国人ルーイスはドイツ融和政策委を訴える名門貴族に対しハッキリと反対意見を述べる。素人(貴族)が国際情勢に口を出すな、と。これに対しダーリントン卿は理想論で会場の支持を得る。これはアメリカがイギリスに代って世界支配を強める前段階の縮図のようだ。事実、イギリスはWW1以降、世界情勢に対して強い立場を示せなくなっていた。ただひたすらに現実論を振るうルーイスは、スティーブンスの一人称からすれば敵対者に見えたのかもしれないが、結局はアメリカが勝った。こういった小さな矛盾を情景的に描くのが大変に巧みな小説で、思い出の誤差は終盤になって人生の反省として表面化している点も見事だ。さらに人間関係の機微も絶妙で・・・これは物語の核心に迫る女性との関係に関する事なので、私の方からは語らない方が良さそうだ。ただ、仕事だけしか頭にないスティーブンスは、有能だけれど間抜けなキャラクターであり、作品自体はシリアス一辺倒にはなっていない。例えば、新主人ファラディは、兎に角ジョーク好きで、しかも質が高い。ジョークを理解できないスティーブンスは、ジョークを熱心に勉強をして会得をしようと画策をする。立ち寄った村や出会った人物に、ジョークを披露し無視されるシーンは何とも切なく滑稽ながらも想像が出来る。そもそも本作は全てスティーブンスの思い込みが前提で話が進むため、中立的な横やりが無い。ツッコミ不在のノンストップである。

・・・

様々な事柄が複雑に連鎖しているが、小説は読みやすく親しみやすい。
田舎の英国風景は落ち目であることが解るが、それでも各人が持った立場で乗り切ろうとする。大局的な情勢に影響を与える事が出来ずとも、精一杯に世界を生き抜いている登場人物には敬意を払わずにはいられない。この物語は、失った時間を悔やむよりも先へ進むことでしか進歩しない様子が描かれている。問題は、それに気が付けるかどうかであり、そういった意味ではスティーブンスは幸運であったのかもしれない。
人生は仕事、という概念は職人気質であり大変に崇高な事だと思う。ただし、あまりにも視野が狭くなりすぎる危険が高い。幸いなことに私はスティーブンスほどワーカーホリックではないが、それでも忙しい月はある。それが続くと、自身が仕事に染まりそうになって余計な事を考えなくなる。誰もがそうだ、人種は関係ない。そう言った時に、是非とも小説を読むべきであろう。或いは、思い切って燃費クソ悪アメ車に乗って、仕事を忘れたドライブも良いかもしれない。
日の名残りは、過去に囚われていたとしてもなお前向きに進むことの大切さと、ジョークの有難さを教えてくれる作品である。
プロフィール

ばりー

Author:ばりー
PCゲームとビールを愛するおっさん
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