Call of Juarez: Gunslinger  その3

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のっけからゲームに関係のない話をしますね
私、10代の頃にオーストラリアに10日間ほど旅行をしていた事があるのですが、あの国は本当に暑いんですね。で、意外なのは、オーストラリア人は日本人を見ても攻撃してこない、むしろ話しかけられることの方が多かったことですね。まぁ、滞在した都市がゴールドコーストとシドニーで大部分を過ごしたので、日本人慣れしていたのかもしれません。

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で、あの国って反捕鯨主義ですから、その部分に関してはシリアスと言うか、クジラ愛・イルカ友愛・人類みな兄弟だが人権よりもクジラの方が重要・・・な感じはありました。要は動物が大好きな方が多いんですよ。コアラは可愛い動物ですし、同国を代表するマスコット的なイメージキャラクターですよね。そしてカンガルーですよ。もうダルそうに寝ているカンガルーも居れば、明らかに観光客慣れしている個体も居たりと、中々に個性があります。ちなみに生のカンガルーに近寄られると、かなり怖いですよ。

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それ、喰うんだよね。オーストラリア人って。
もうびっくりしましたよ。いきなりステーキならぬ、いきなりカンガルーですよ。おら、カンガルーのステーキだ!!って出されて食べたのですが、クソ不味いんですよ。別に同国を貶めるわけではないのですが、食文化は下から数えた方が早いと思いました。不味いかイマイチの2択しかないですね。もうちょっと、こう・・・普通に料理してほしいんですよ。だから、これからオーストラリアに行かれる方は、BBQがあの国の最高料理だという事を覚えておいてください。BBQは美味しいですよ。"世界の何処でも"ね

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でもね。後一度だけなら行きたいんですよ。
あれだけ暑かったらビールは最高でしょうね。何せ行ったのが10代の半ばでしたから飲酒はしていないわけです。本当に暑いし、紫外線が市街戦ですよ。もう戦いレベルの痛さですから、長居をしたら日本人は野垂れ死にしますね。計画としては、滞在時間2時間で、酒だけ飲んで速攻に日本に還る旅行をしたい。それならドイツ行け?嫌だよ、ドイツ語出来ねぇもん。アメリカ行け?嫌だよ、私甘いモノ食べれないもん。

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旅行に行きたいですね。
そろそろゲームの話もしなければならないのですが、もう今日はダメですね。こんな不真面目な記事もたまには掲載をしておかないと、『ばりーさんはeスポーツの事を真剣に考えているジャーナリスト』とか思っちゃう読者が生まれる可能性があるんですよ。ここ最近はキチンとした事しか書いていないから、ここらでダメさをアピールしておかないとね。

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気分が良いから、アイスティーの飲んで、Bad Religionを謳いながらお風呂に入って、あったか御布団で寝るよ。オーストラリアの話は忘れてくれ。多分、明日になったら私も忘れているから。じゃあ6月も宜しくね。

コラム:e-sportsはオリンピックにするべきではない

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コンピュータゲームはオリンピックの新種目になるのか?最近になって、この手の話題を聞くようになったので、私としても意見したく本記事を書き上げた。
これを読んでいる読者の殆どがゲーム好きであることを考えれば、非常に自分の意見を申し上げにくいが、私はe-sportsはオリンピックにするべきではないと考えている。まず、皆さんと最初に確認をしておきたいのはe-sportsの定義である。一般社団法人 日本eスポーツ協会(JeSPA)の記述には、e-sportsの定義が書かれているので参照をすると、
『eスポーツ(e-sports)」とは、「エレクトロニック・スポーツ」の略で、広義には、電子機器を用いて行う娯楽、競技、スポーツ全般を指す言葉であり、コンピューターゲーム、ビデオゲームを使った対戦をスポーツ競技として捉える際の名称。』とある。日本では、あまり知られていない業界であるが、アメリカではe-sportsは高い認知度があり、その歴史は古い。よく話題に挙がるのが、対戦FPS『Quake3Arena』の大会で、それ以降もCounterStrike1.6などのチーム対戦型FPSでは大規模な大会が開催されていた。近年、エレクトロニック・スポーツの中で存在感があるタイトルは『League of Legends』と呼ばれるタイトルで、これもチーム対戦型のタイトルになる。このタイトルはアメリカだけではなく、世界的に非常に認知度の高いゲームで、League of Legends World Championshipなどの規模の大きな大会は珍しい事ではない。よって、競技人口の問題は、このタイトルに関して言えばさほど問題にはならない。少なくとも"今は"

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CoHも流行っていた時期があったんだけどなぁ

日本国内、あるいは世界的な盛り上がりは確かにあるe-sportsであるが、論理的に考えると問題が非常に多い。私が唯一、人並み以上に出来る競技は卓球なので、卓球と比べて考えてみたい。まず、卓球には所有者がいない。これが今回の一番のテーマになる。大概の競技は誰の所有物でもなく、そして公の存在となった概念である。よって、卓球をするにあたり、プレー代金を支払うのは、世界各国のプレーする場所によって異なる。(日本で卓球をするのにギリシャの卓球協会に代金を支払う必要性は無いだろう)これは、どの競技でも当たり前すぎて考えない程、普遍的な概念となっている。ところが、e-sportsで競う合う競技には、必ず開発者が介在し、そして知的所有権が発生している点で特異である。この時、極めて重要なのは誰がルールを決定しているのか、という一点に尽きる。卓球の場合、何度か使用球に変更があり、かつ1セットにおける点数に大きな変更が加えられた歴史があった。しかし、大前提として『競技における1点の定義』が変更になった事は無いし、未来永劫的に変わらないという予測がある。これは卓球が特定の人物や団体の所有物でもないことの証でもある。捻くれた言い回しをすれば、サッカーや野球などを取り仕切る団体が、その一試合を私物化する事はあっても、そのルールそのものを買い取ることは不可能なのである。サッカーでハトが飛んだらブラジルは失点する、野球でコーラを飲む客の数が多ければヤンキースが満塁になる、等のルール変更は競技ルールを買い取らなければ出来ないが、正確には所有者が存在しないので永久に出来ないだけである。馬鹿げた理論であるが、e-sportsにはその保証がない。"ばりー選手の名前がステキなので優勝!!”私が競技タイトルの権利者であれば、(道徳を無視すれば)可能でしょ?道徳的にやらない人が大半だろうが、この世は悪人の方が賢い。やろうと思えば、金は掛かるが可能なのである。

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斑鳩のハイスコア対決は、見ている人には意味が解らないだろう。

一企業が開発をした所有物を、オリンピック競技に出して良いものなのか?
次に考えるべきは公平性、しかも永久的に保たれている事が保証されなければならない。そのため、大半のオリンピック競技には審判がいる。ルールが購入出来ない以上、審判も競技を捻じ曲げることは出来ない。この時、審判が買収された、或いはミスジャッジ等は別の意味を持ってしまうために考えない。スポーツ競技におけるフェアとは、誰の目から見ても中立的な判定が下されなければならない。ところが、e-sportsには永久的に公正さが保たれる保証はない。なぜなら、Riot Gamesが倒産をしたらLeague of Legendsは中立性が別の権利者に移る可能性があるから。バトミントンは永久か?Yes、君たちは概念として永久の保証がある。テニス、水泳、100m短距離走・・・どれも永久的不滅な概念に近い。例えスポーツ用品大手のナイキが倒産したとしても、バスケットボールの公正さは失われない。その権利が別の会社に移行することもまずない。バスケットボールには倒産が無いから - 開発者がいないから権利の移行もあり得ない。それらは所有権がある個人や団体、企業に属していないので今後も保たれるであろうとの予想の上で成り立っている。

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競技そのものの本質が変更できない、という半永久的な確約が必要である。

IOCは利権主義に走り過ぎている。
単純に『この競技の世界一はコイツだ!!』の祭典を、ゲーム人気を利用し儲けることを画策しているようにしか見えない。League of Legendsをオリンピック競技に推すのは、単純にプレイ人口が多いからだ。だとすれば、マインスイーパーもオリンピック競技にするべきである。こういう論理は屁理屈ではなく、十分に通用してしまうのが哀しい業界である。よって、仮にLoLが稼げない競技に成り下がったら、IOCは直ぐに切り捨てるはすである。そうなると、逆に困るのがe-sportsの関係者だ。何のために開催しているのかの目的が不明瞭になった時、これまでの道筋は消える。だって金儲けのために利用された所有物なのだから、それを手放したり売ったりすることは企業としては真っ当な商売である。
ハッキリ言うと、ゲームの大会は、ゲーム関係者だけで運用した方が絶対に良い。オリンピックの正式科目に選ばれたら、確実にゲーム関係者以外の利権が入り込み、その所有物は確実に書き換えられる。より一層の金儲けがしやすくするために。ここまで腐敗した時に、恐らくゲームコンテンツは立ち直れない。何故ならここまで面倒を見る正義の所有者が居たとしても、不死ではないから。ある競技に所有者が居るという事は、ここまで問題を複雑にするのである。

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オリンピック・マフィアと化した萃香さん

私の意見を明確にしておきたい。
①公正な競技は、そのもの自体に所有者はいない。
②故にルールを変更する際、所有者の都合を聞く必要性はない。
③これにより、その競技は永久不滅に存続をするであろうとの予想が出来、世界中のどの時代でも不変となる。

私はゲームイベントやe-sports、ましてLoLに反対をしているわけでは無い。
ただ、オリンピック競技にするには、①~③が無いために、長くは存続できないだろうと考えているだけだ。そもそもゲームタイトルは流行の波が激しすぎて予測が成り立たない部分がある。よって競技種目は長続きしないだろう。PCゲーマーから言わせれば、1タイトル5年も継続すれば超大ヒット作品である。競技人口を5年間も安定して保持できるタイトルは片指で数えられるくらいに少なく、年度ごとの競技タイトル選考は利権が絡むだろう。そうなると競技タイトルが中継されても視聴する人間は増えていくとは限らない。全てのゲーマーが流行を追えるとは思えない。内輪の祭典化した時に、その競技を視聴してくれるファンはいるのか。スポーツと視聴は切っても切れない関係だ。そういった部分で、私はゲームは古典的スポーツに対しとても不利だと思う。これは分野が異なることから発生する要素だが、スポーツと一括りにする以上、避けてはいけない問題であることをハッキリさせておかねばならない。
よってゲームの世界一は、ゲームの業界で、ゲーム関係者が、ゲーム好きのために、そしてゲームを盛り上げるために開催すれば目的は達成されている。
そこにオリンピックを持ち出す意義が理解できない。


FAST BEAT LOOP RACER GT 初回プレイ感想

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どう見ても湾岸ミッドナイト M〇XIMUM T〇NEです。
湾岸風だとか、そんなレベルでは語れない台湾製レースゲームであるが、元は2011年ごろに同国で稼働したアーケードゲームをPCに移植したブツなのである。移植の完成度は台湾人でないと解らないが、明らかにPCに最適化されていない箇所が目立ち、マジで"アーケードそのまま"としか思えない点もある。ある意味、ステキ過ぎる仕様だが、コントローラーのセッティングに難あり。得体が知れないのでATドライバーとして大阪の公道をぶっ飛ばす。

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ゲームシステムは、ローリングスタートでの公道レース。よって一般車も走行をしており、通称アザーカー飛ばしなる外道テクニックも問題なく横行可能。本家・湾岸にあったブースト機能は撤廃されており、代わりにスリップストリーム推しである。しかもライバル車のみならず一般車に対してもスリップストリームが可能で、基本的にコレを活用していくようだ。またストーリーモードをプレイすると、勝敗に関わらずチューンナップポイントを取得できるため、直ぐに愛車が改造できるのも良い点だろう。性能面での改造は、ポイント割り振りなので自由度があるが、外装部分の改造が一方的に着けられていく上に、撤去不能という謎仕様。雑なのか豪快なのか・・・

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レースゲームとしては、ほぼ合格。
しかし、アーケードレースゲームのPC移植が殆どない昨今、台湾Tuneはかなり貴重なタイトルとなっている。車の挙動もアーケードであり、簡単にドリフトが出来るし、スピード感もそこそこある。レース中に入るセリフは、読んでいる余裕が無いのでストーリーは良く解らない。公道レースをしているヤベェ奴らが日本から飛び出して、上海に突撃したところまでプレイしたが、色々と気にしない方が宜しいかもしれない。この部分は本家の方が、漫画とゲームを上手にミックス出来ていたが、本作は原作が無い?と思われるので仕方がないか。

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直球過ぎるレースゲーム。難しい事は考えなくてもぶっ飛びOKスタイルなので、ストレス発散ゲームとしても優秀。アーケードゲームではあるが、今のところは極端に難しいステージには当たっていない。ちなみに初回プレイ時には、一部が日本語化されていたのだが、現在では日本語部分は消されてしまったようだ。この記事も発売初日のSSを使用しているので、セリフ周りは日本語であるが、本日プレイをしたらすべて英語表記になっていた。何か問題があったのだろうか?
兎も角、伸びしろを感じるゲームなので、一周したら再び報告をしたい。

World Guide to Beer ブルームーン

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第96回『南部へようこそ』

ノーベル文学賞の受賞スピーチ。
栄誉ある場で演説を行ったアメリカ人作家ウィリアム・フォークナーは、その内容から伝説的な受賞者となった。ストックホルムの壇上からフォークナーは聴衆に向かって話し始めた・・・?・・・・?・・・???。待て、待て、フォークナー殿。それは何語なんだ?会場のノーベル財団が慌て始め対応を検討する。フォークナーの英語は凄まじい南部訛りであり、会場にいた殆どの人間は、その内容を聞き取れなかったという。後日、その内容を精査した文章が新聞に掲載をされると、その政治的な内容、及び精神は一級の文学者に相応しいスピーチの代表となり、後世に伝えられるまでとなった。フォークナーの作品は、その殆どが南部・ミシシッピ州を舞台にしたものであり、自身の人生も同州に捧げた生粋の南部人である。その作風は難解であり、特に時系列の考え方が順序に従っていない部分もあるため解り難い作品も多い。しかし、文学的な手法を巧みに取り入れた文章は、フォークナーの得意とするところでもあり、ミシシッピ愛に溢れた古典的アメリカ人という印象である。実は、アメリカ人でノーベル文学賞を受賞した作家スタインベックも、フォークナーと似た部分がある。ただし、此方は西部カリフォルニア州に対する深い愛で覆われている。アメリカ人にとって、フォークナーよりもスタインベックの方が人気なのは、彼のテーマが労働と貧困という現代でも通用をする題材であり、かつ教科書に掲載しやすい鉄板人物であることが大きい。日本で言えば、夏目漱石と言ったところかもしれない。何方の作品もアメリカ文学を知る上では必修ではあるが、何方かと言えばスタインベックを勧める人の方が多い。

ブルームーンを製造している醸造所は西部コロラド州。クラフトビールとしては非常に高い知名度を誇り、元々は野球観戦者のために販売をしていたことがキッカケで大ヒットした。まぁ、アメリカ人の野球熱は国家的なものなので、それに関連した商品は多い。このビールも野球出のビールなのだ。

飲んでみよう。
まずブルームーンはオレンジを添えて飲むのが正式なのだが、生憎、オレンジが無くてね。このまま飲ませて頂く。ベルジャンホワイトなので、オレンジピールやコリアンダーの風味は感じられる。意外にスパイシーな飲み口であり、オレンジっぽさは後味に響くタイプである。こう言っては何だが、ベルジャンホワイト系の中では特にカクテルのような味わいであり、非常にフルーティな南国っぽさがある。よって気温30度以上の状況では、ブルームーンは大変に美味しく感じるだろう。子供っぽさも無いビールなので、幅広い層にウケが良さそうだ。アメリカのベルギースタイルだが悪くないビールである。

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優れたビールではあるが、飲みやすさには注意が必要だ。

次回『そしてヘミングウェイ』

Gorogoa ショートレビュー

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例えば - 2つの部屋があって、片方は高温、もう片方は低温であったとしよう。
2つの部屋は1つのドアで通じており、それを開けると2部屋の室温は共通の中間温度に達する。(十分に時間をかけてね)これは至って常識のように見えるが、熱力学的に宣言をすると『そうなる確率が圧倒的に高い』だけである。もしかしたら、高温の部屋はさらに高温状態になるかもしれない。"そのような状態に達することを"物理学は決して禁止していない。しかしだ、そのようなシーンは、この宇宙が誕生してから崩壊をするまで観測をし続けたとしても1回も起きない可能性に賭けた方が賢い。そして恐らく今日までに一回も起きていないと思うよ。だから我々は、この宇宙全体で起こりうる既知の物理法則に十分な信頼をおけるわけだ。

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Gorogoaが教えてくれるのは、世界の見方そのものである。
どうやらGorogoaの世界は我々の知っている世界とは、かなり異なった法則が蠢いており、1世界を4ピースに切り分けて、そして各ピースは独立した世界を持っているものの、4つが合わせって1つになっているらしい。このゲームは大変に奇妙なゲームプレイを提供しているために、これまで掲載してきた全ゲームタイトル中、最もレビューが困難だった。そもそも、プレイヤーは最後の最後まで、このゲーム中に登場をする各時間軸やキャラクター、そして要所に登場をするドラゴンの説明は一切にされない。だから、このゲームに関しては、物語から背景に至るまで全てレビュアーの妄想になる。このレビュー自体も大した価値は無く、実際に触れてみて貴方が感想を書くしかない。投げやりで申し訳ないが、ここから先はクリアをした読者に向けた発言になる。

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各ピースを繋ぎ合わせて、この世界から脱出をするパズルゲームだが、私はこう考えた。
まず各パートごとの素晴らしいアートに関してだが、何処か宗教的な儀礼のようなものを感じる。特に少年が行く先々で集める珠は、ドラゴンを召喚する儀式なのかもしれない。ドラゴンを追う少年は、明らかに別世界に介入して行動を開始する。1つの世界が、4つに分かれ、そこで少年は別の人間を手助け?していく。もしかすると、時代や場所が違うだけで同一人物なのかもしれない。あるピースでは年を取った元少年、自殺を考える世界の少年・・・がそれぞれ重要な珠を持ち、ある一人の少年が何かしらの意味で集める事となった。その過程は、もはやゲームプレイとは呼べず、絵画鑑賞会のようである。明らかにゲーム性よりも芸術性を優先させたデザインであり、次から次へと摩訶不思議な仕掛けを解いていき、少年は右のピースから左のピースへ、或いは下から上へと世界を移動する。

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大変に批判が難しい作品である。
基本的に、ゲーム批評は対象となる作品と"それに類似した作品"を比べることで、我々は理解をすることが多い。例えば、リアル系FPSが新発売をしたらRed Orchestraを思い浮かべて、或いはスポーツ系ならUnreal系と比較をすれば解りやすい。しかし、Gorogoaは前例が無い。少なくても私は類似した作品を一切に知らない。そのため、余程の悪態を出さない限り、本作は極めて高い評価を与えるレビュアーの意見は率直に正しい。何かと比べられないのだから、この作品は評価基準となり、そして同分野の頂点になった。こういった作品のレビューは、殆どの場合でThe Stanley Parableのレビュー記事のように歯切れが悪くなる。例え、気に入らないデザインであったとしても、本作品のアートは奇妙な彩に支配され、起こりそうもない出来事が発生をし、それを分離したり繋げることで我々を困惑させる。全く、レビュアー泣かせのゲームにも程がある。

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パズル部分は、幾つかのシーンで退屈であるが、兎にも角にもアートで圧倒させてくれる。生きた絵本は、プレイヤーが難所に当たって動けなくなったとしてもヒント1つ与えてくれない。文字は一切に表記されず、絵だけで判断をしていくしかない。そういう意味では、ゲームの進行としては理不尽かもしれない。実際、あまりにも奇想天外すぎる世界なので、先が予測できない事もある。そうなると、クリックできる世界を片っ端から調べる総当たりのパワープレイになってしまう。だが、それすらもアートで圧殺するほど、実に魅力的なのだ。これだけ説明をしても未プレイの読者は全く意味不明だと思う。予測のできない出来事って何だよ?そう、それを説明するのが真に優れた著者なのだ。是非とも君が書いてくれよ。

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ゲームとしてみると、"プレイ"に加点できるのは80点ぐらいが限界である。
芸術作品として考えると、”鑑賞"に99点を与えることが出来る。
2つの評価があって - それを繋いだ時 - 合計値は幾つになるのだろうか - 平均値を考えるかい?93.5?これを創作した労力、アイデア、そして魂の入ったアートの数々。もはやゲームとして見れないゲームが登場をした。Gorogoaは近年に稀に見る傑作インディーゲームとして名を刻むだろう。
プロフィール

ばりー

Author:ばりー
PCゲームとビールを愛するおっさん
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