コラム:e-sportsはオリンピックにするべきではない

resize53109.jpg

コンピュータゲームはオリンピックの新種目になるのか?最近になって、この手の話題を聞くようになったので、私としても意見したく本記事を書き上げた。
これを読んでいる読者の殆どがゲーム好きであることを考えれば、非常に自分の意見を申し上げにくいが、私はe-sportsはオリンピックにするべきではないと考えている。まず、皆さんと最初に確認をしておきたいのはe-sportsの定義である。一般社団法人 日本eスポーツ協会(JeSPA)の記述には、e-sportsの定義が書かれているので参照をすると、
『eスポーツ(e-sports)」とは、「エレクトロニック・スポーツ」の略で、広義には、電子機器を用いて行う娯楽、競技、スポーツ全般を指す言葉であり、コンピューターゲーム、ビデオゲームを使った対戦をスポーツ競技として捉える際の名称。』とある。日本では、あまり知られていない業界であるが、アメリカではe-sportsは高い認知度があり、その歴史は古い。よく話題に挙がるのが、対戦FPS『Quake3Arena』の大会で、それ以降もCounterStrike1.6などのチーム対戦型FPSでは大規模な大会が開催されていた。近年、エレクトロニック・スポーツの中で存在感があるタイトルは『League of Legends』と呼ばれるタイトルで、これもチーム対戦型のタイトルになる。このタイトルはアメリカだけではなく、世界的に非常に認知度の高いゲームで、League of Legends World Championshipなどの規模の大きな大会は珍しい事ではない。よって、競技人口の問題は、このタイトルに関して言えばさほど問題にはならない。少なくとも"今は"

resize16400.jpg
CoHも流行っていた時期があったんだけどなぁ

日本国内、あるいは世界的な盛り上がりは確かにあるe-sportsであるが、論理的に考えると問題が非常に多い。私が唯一、人並み以上に出来る競技は卓球なので、卓球と比べて考えてみたい。まず、卓球には所有者がいない。これが今回の一番のテーマになる。大概の競技は誰の所有物でもなく、そして公の存在となった概念である。よって、卓球をするにあたり、プレー代金を支払うのは、世界各国のプレーする場所によって異なる。(日本で卓球をするのにギリシャの卓球協会に代金を支払う必要性は無いだろう)これは、どの競技でも当たり前すぎて考えない程、普遍的な概念となっている。ところが、e-sportsで競う合う競技には、必ず開発者が介在し、そして知的所有権が発生している点で特異である。この時、極めて重要なのは誰がルールを決定しているのか、という一点に尽きる。卓球の場合、何度か使用球に変更があり、かつ1セットにおける点数に大きな変更が加えられた歴史があった。しかし、大前提として『競技における1点の定義』が変更になった事は無いし、未来永劫的に変わらないという予測がある。これは卓球が特定の人物や団体の所有物でもないことの証でもある。捻くれた言い回しをすれば、サッカーや野球などを取り仕切る団体が、その一試合を私物化する事はあっても、そのルールそのものを買い取ることは不可能なのである。サッカーでハトが飛んだらブラジルは失点する、野球でコーラを飲む客の数が多ければヤンキースが満塁になる、等のルール変更は競技ルールを買い取らなければ出来ないが、正確には所有者が存在しないので永久に出来ないだけである。馬鹿げた理論であるが、e-sportsにはその保証がない。"ばりー選手の名前がステキなので優勝!!”私が競技タイトルの権利者であれば、(道徳を無視すれば)可能でしょ?道徳的にやらない人が大半だろうが、この世は悪人の方が賢い。やろうと思えば、金は掛かるが可能なのである。

resize0419_201805132124540bd.jpg
斑鳩のハイスコア対決は、見ている人には意味が解らないだろう。

一企業が開発をした所有物を、オリンピック競技に出して良いものなのか?
次に考えるべきは公平性、しかも永久的に保たれている事が保証されなければならない。そのため、大半のオリンピック競技には審判がいる。ルールが購入出来ない以上、審判も競技を捻じ曲げることは出来ない。この時、審判が買収された、或いはミスジャッジ等は別の意味を持ってしまうために考えない。スポーツ競技におけるフェアとは、誰の目から見ても中立的な判定が下されなければならない。ところが、e-sportsには永久的に公正さが保たれる保証はない。なぜなら、Riot Gamesが倒産をしたらLeague of Legendsは中立性が別の権利者に移る可能性があるから。バトミントンは永久か?Yes、君たちは概念として永久の保証がある。テニス、水泳、100m短距離走・・・どれも永久的不滅な概念に近い。例えスポーツ用品大手のナイキが倒産したとしても、バスケットボールの公正さは失われない。その権利が別の会社に移行することもまずない。バスケットボールには倒産が無いから - 開発者がいないから権利の移行もあり得ない。それらは所有権がある個人や団体、企業に属していないので今後も保たれるであろうとの予想の上で成り立っている。

resize59476.jpg
競技そのものの本質が変更できない、という半永久的な確約が必要である。

IOCは利権主義に走り過ぎている。
単純に『この競技の世界一はコイツだ!!』の祭典を、ゲーム人気を利用し儲けることを画策しているようにしか見えない。League of Legendsをオリンピック競技に推すのは、単純にプレイ人口が多いからだ。だとすれば、マインスイーパーもオリンピック競技にするべきである。こういう論理は屁理屈ではなく、十分に通用してしまうのが哀しい業界である。よって、仮にLoLが稼げない競技に成り下がったら、IOCは直ぐに切り捨てるはすである。そうなると、逆に困るのがe-sportsの関係者だ。何のために開催しているのかの目的が不明瞭になった時、これまでの道筋は消える。だって金儲けのために利用された所有物なのだから、それを手放したり売ったりすることは企業としては真っ当な商売である。
ハッキリ言うと、ゲームの大会は、ゲーム関係者だけで運用した方が絶対に良い。オリンピックの正式科目に選ばれたら、確実にゲーム関係者以外の利権が入り込み、その所有物は確実に書き換えられる。より一層の金儲けがしやすくするために。ここまで腐敗した時に、恐らくゲームコンテンツは立ち直れない。何故ならここまで面倒を見る正義の所有者が居たとしても、不死ではないから。ある競技に所有者が居るという事は、ここまで問題を複雑にするのである。

resize61725.jpg
オリンピック・マフィアと化した萃香さん

私の意見を明確にしておきたい。
①公正な競技は、そのもの自体に所有者はいない。
②故にルールを変更する際、所有者の都合を聞く必要性はない。
③これにより、その競技は永久不滅に存続をするであろうとの予想が出来、世界中のどの時代でも不変となる。

私はゲームイベントやe-sports、ましてLoLに反対をしているわけでは無い。
ただ、オリンピック競技にするには、①~③が無いために、長くは存続できないだろうと考えているだけだ。そもそもゲームタイトルは流行の波が激しすぎて予測が成り立たない部分がある。よって競技種目は長続きしないだろう。PCゲーマーから言わせれば、1タイトル5年も継続すれば超大ヒット作品である。競技人口を5年間も安定して保持できるタイトルは片指で数えられるくらいに少なく、年度ごとの競技タイトル選考は利権が絡むだろう。そうなると競技タイトルが中継されても視聴する人間は増えていくとは限らない。全てのゲーマーが流行を追えるとは思えない。内輪の祭典化した時に、その競技を視聴してくれるファンはいるのか。スポーツと視聴は切っても切れない関係だ。そういった部分で、私はゲームは古典的スポーツに対しとても不利だと思う。これは分野が異なることから発生する要素だが、スポーツと一括りにする以上、避けてはいけない問題であることをハッキリさせておかねばならない。
よってゲームの世界一は、ゲームの業界で、ゲーム関係者が、ゲーム好きのために、そしてゲームを盛り上げるために開催すれば目的は達成されている。
そこにオリンピックを持ち出す意義が理解できない。


コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ばりー

Author:ばりー
PCゲームとビールを愛するおっさん
お気軽にコメントして下さい
なにかあれば返信します

カテゴリ
最新記事
月別アーカイブ
最新コメント
検索フォーム
リンク
QRコード
QR